472: 774RR 2006/03/29(水) 23:21:25 ID:f3UMecM8
薄曇りの東京都下。周囲の一般車両と全く異なる雰囲気を放ちながら4台のバイクは行く。
一番風を切るのは、鈴木さんが駆る『究極のCB』、ホンダCB1100R。
続くは、熱きバイク野郎アナゴ君のスズキ GSX750カタナ。
数度のエンストを繰り返した後、ペースを掴み出したCB400FOURの新米ライダー。
そしてしんがりを努めるは、GPz900R Ninjaと僕のニューコンビ。

青梅街道をひたすら走る。雑然とした街並みも、23区を抜けると走りやすくなる。
福生で国道16号と交差した後は、景色も急激に都内とは思えないほどの長閑なものに。
左手、眼下には多摩川の渓谷美。右手には迫る山肌と、日本の原風景のような田舎の集落・・・。
ふと気がつくと、いつも以上に景色を眺める余裕のある自分に気がつく。おそらく、新しい相棒のおかげ・・・。
Ninjaはやはりいい・・・。慢性的渋滞の都内はともかく、このように一定のペースを維持しながら走ると解る、その安定性と厚いエンジントルクがもたらす精神的余裕。
ひとたびスロットルを鞭打てば、いとも簡単に非日常にいざなうであろうその魔物には、ゆったりと日常を噛みしめながら走ることの出来る、一見相反するもうひとつの顔を持っていた。

少年を意識し、意図的にゆっくりと走る鈴木さんのペースと相まって、僕は奥多摩の景色と前を行く一昨日までの僕の相棒の、初めて見るその走る後姿を懐かしい思いで見つめていた・・・。

473: 774RR 2006/03/29(水) 23:22:04 ID:f3UMecM8
ゴロゴロとした岩肌が露出する不気味なトンネルを幾つか過ぎると、奥多摩湖が見えてきた。
湖に掛かる深山橋を渡ると、そこは都内屈指の山岳ワインディング『奥多摩周遊道路』。

鈴木さんは、ペースを落とし左に寄ると、アナゴ君に右手で先に行け、と合図をする。
それまで我慢のライディングを強いられていたアナゴ君のストレスは、カタナの前輪を高々と持ち上げるエネルギーとして爆発する。そのまま彼は野に放たれた野生動物のようにとんでもない加速で小さくなって行く。
・・・しばらく二人で遠出をしていなかったが、アナゴ君は第三京浜に通いつめていた事もあって更に腕を上げたようだった。ついさっきコンビを組んだばかりの僕とNinjaでは、到底追えるようなペースではない・・・。

少年を鈴木さんと僕でサンドイッチしながらしばらく進む。


鈴木さんは、少年の運転をミラーで見定めながらペースを徐々に上げていくが、彼はある一定以上のペースには決して踏み込もうとしない。彼を置き去りにしつつある事に気がついた鈴木さんが、逆にペースを落としてあわせるくらいだ。なんて真面目で慎重なその運転。公道初日からフェアレディZを追い回した自分が大人気なくて恥かしい。

僕はそろそろNinjaの性能の一端を確かめてみたくなった。
対向車線にややはみだし気味でパッシングをすると、僕の思いを悟った鈴木さんは一気にペースを上げる。
僕はヨンフォアを追い抜きざまに、キミはそのままのペースで、という意味を込めて左手の手のひらで彼に合図を送る。僕は、鈴木さんの先導のもとで奥多摩周遊道路を攻め始めた。ヨンフォアはミラーの中でみるみる小さくなる。
まぁ、彼の慎重な運転であれば全く問題ないだろう。

475: 774RR 2006/03/29(水) 23:43:57 ID:f3UMecM8
前を走る『先生』に不足は無い。鈴木さんの走りについていけば、Ninjaの性能のさわり程度は推し量れよう。
予想はしていたが、やはりコーナーでの身のこなしは重い。旋回中もドッシリとした質量を感じる。重量物を運転しているのだ、というその手応え。
ヨンフォアのほうが速い様な気がした。感覚としてはヨンフォアに乗っている時の方が明らかに攻めているダイレクト感があり、それに伴うスピード感もあるような気がしたのだ。
しかし、中速コーナーで一瞬スピードメーターに目を移したとき、そこでメーターの針が指し示す速度はヨンフォアの比では無かった。

ヘアピンではドッシリと、そして中速コーナーではビシッと安定して路面に吸い付くように走るNinja。
そんな安定感だ。高速コーナーでは、もう言うまでも無い。
とにかく安定している。ヨンフォアの軽い質量ではどうしても挙動を乱されがちだった路面のギャップも、少々のものであればビクともせずNinjaは乗り越える。それはバンク中でも同じだ。
車体は安定し、それに伴いライダーは安心するからどうしても速度感は希薄になるが、その時出ているスピードはとんでもないものだ。・・・速い。こいつは速い・・・。しかも静かに速い。それは、まるでその名『忍者』さながらだ。

気がつくと、頂上付近の駐車場に到着していた。走りに没頭していて、気がつかなかった。
・・・久しぶりのハイペースなワインディング走行。やはり気持ちが良い。僕は深呼吸をひとつして鈴木さんに続き駐車場に入った。
アナゴ君は、既に2本目のハイライト。どんなペースで駆け上がってきたと言うのか・・・。

479: 774RR 2006/03/29(水) 23:56:25 ID:f3UMecM8
しばらくしてヨンフォアも到着。アナゴ君のウィリーや、僕らのハイペースに素直に驚き憧れを口にする少年。
アナゴ君の真似なんてするんじゃないぞ、と笑って言う僕。何を!、とムキになるアナゴ君・・・。
楽しいバイク談義の時間が流れる。
少年は、長年の憧れが叶った瞬間を、これまで以上にキラキラとした瞳で過ごす。彼は本当にバイクが好きなんだろう。

あぁ、やはりバイクは楽しい・・・。乗っている時も、仲間と語らっている時も、想像を膨らませている時も、想い出に浸っている時も・・・。バイクに関わる全ての時間が、僕らにとって至福の時だった・・・。
・・・あの頃に戻りたい、と思うときがある・・・。決して叶わぬその哀しき思いを、当時の僕らに実感できるはずも無かった。
ただひたすらにバイクと共に流れる時間を楽しむ、幸せな青春の時を過ごしていた・・・。

奥多摩の山に濃い霧が掛かり始めてきた。この霧は、地上から見るとおそらく山頂に掛かる雲だろう。
僕らは、変わり易い山の天気に追い出されるように山を下る。
檜原村から東京方面へ。往路と同じように、少年にライディングを教え込むようなゆっくりペース。

それは突然の出来事。あきる野を過ぎ、福生の国道16号を走行中に、とんでもない速度差で4台のバイクに抜かれた。片側2車線のその道を、彼らはクルマの群れのギリギリを縫うように通過していく。
第三京浜で高速バトルをしている僕が言うのもおこがましいが、それにしても悪質な運転だ。
前方の信号が黄色から赤に変わっても、彼らはお構い無しで交差点に突入し、そして僕らの前から消えて行った。
4台とも、見慣れない『Y』の刻印が施されたナンバープレートが印象的だった。

その信号待ちで、アナゴ君は隣に停まる鈴木さんに声を掛ける。
「・・・あいつらかな・・・?」

「・・・たぶんな・・・」

二人は、あの悪質運転の一団を知っているのだろうか?

513: 774RR 2006/03/31(金) 09:35:06 ID:dGNEdnC7
「タマ・・?タマ!どうしたの!?」
磯野家から舟の悲痛な叫びがあがる。それは彼等の愛猫タマの惨憺たる姿に向けてだった。おそらくは他の猫と喧嘩でもしたのであろう。
薄く淡い桜色だったタマの耳は裂傷が入り、鮮血にまみれている。
「ヒュー、ヒュー。」
その小さい体の収縮と呼応するように気体の吹き撒ける音がする。
細くしなやかな二本の前足、その脇に親指を差し込み、タマの上半身を持ち上げ、あらわにさせる。

次の瞬間、舟は愕然とした。
気管が裂け、頚動脈から血が吹き出している。目の前が真っ暗になった。
小さき肉体の生命維持が不可能と分かった今、舟のやることはたった一つ。電脳化だ。
冷蔵庫を開け、電極を取り出す。その電極をタマの前頭葉と右脳、左脳に刺し、ぐったりとしたタマを波平の寝室へと運ぶ。

514: 774RR 2006/03/31(金) 09:45:19 ID:dGNEdnC7
舟はタマをテーブルに安置すると押し入れへと向かった。
押し入れを開けると数多の配線、多量のファンが回り蒸し暑い熱気が押し寄せる。

世界にたった13台。これが何かお分かりであろうか?そうスーパーコンピューターである。そのうちの1台が磯野家にあった。
アジアのネットを6台で統べるようなハイスペックマシン。電気代や維持費は家庭用パソコンなど比べ物にならない。
一流大学を出て、商社マンとなったマスオの稼ぎを全て注ぎ込んで維持してきたのだ。
「不要な体を捨て、いま一つに・・。」
プラグを差しつつ舟が呟く。タマは目の前が真っ暗になった・・。

525: 774RR 2006/03/31(金) 22:58:41 ID:W72IquLW
少年の親御さんが心配するといけないと、僕らは明るいうちに彼を自宅まで無事に送り届けた。
都内、山の手の閑静な住宅街のこじんまりとした少年の自宅。彼のお母さんがお茶でも飲んでいって下さいな、と勧めてくれたので、僕達は休憩も兼ねてその言葉に甘えた。
こぎれいなリビングに似つかわしくないハードなレザーウェアを身に着けた男が三人、お行儀よくソファーに座り少年と共に、今日の奥多摩での話しに花を咲かせる。
僕らはお父さんとお母さんに、息子さんの運転は非常に慎重であり、心配は要りませんよという事を伝える。

ふと気がつくと、リビングの壁には何枚かの賞状が張られている。いずれもなんらかの絵画展で優秀な成績を修めたもののようだ。そのことについて尋ねると、彼はデザイナーが将来の夢なのだとハッキリと胸を張って答えた。人の目と心を惹きつける創作を生業にしていきたいのだと言う。憧れの人はハンス・ムート。それを聞いて、ハンス・ムートの傑作に乗るアナゴ君は、キミの夢を応援するぞ!と叫ぶ。
本当にいい子で、そしていい家族だ。彼にはそのまま真っ直ぐと人生を歩んで欲しい・・・。人生を踏み外しかけ、寸でのところで友とバイクに助けてもらった僕は、素直にそう思った。

526: 774RR 2006/03/31(金) 22:59:49 ID:W72IquLW
一時間ほどお邪魔した少年の家を後にする。小さな庭の片隅の、小さな物置のような小屋。それでも壁と屋根に囲まれ、僕のアパートの駐輪場より明らかに待遇の良いポジションを手に入れたヨンフォアに、本当に最後の別れをする。そのうち少年と会う機会もあるだろうが、その時はもうすでにヨンフォアは少年との強い絆で結ばれているだろう・・・。僕の愛車だった名残を感じさせるその姿はもう見納めだ。

心の中で、「じゃあな」とヨンフォアにつぶやき、ヘルメットをかぶる。
「今日は本当に楽しかったです。また御一緒させて下さい!」
と見送りに出てきた少年は純粋な瞳で言う。・・・キミはおそらく今晩はバイクとのこれからを妄想して眠れないぞ、と僕は言う。

そして僕らは少年の家を後にした・・・。
ヨンフォアとの別れで少しだけセンチメンタルになった僕の心を励ますかのようなNinjaの力強いエンジン音。
そう・・・。僕らはこのまま家には帰らない・・・。これから、決して少年を連れては行けない秘密の場所へ向かうのだ。
僕の楽しみがツーリングだけなら、ヨンフォアを降りたりはしない。半年にも及ぶ、必死の労働に耐えてまでNinjaを購入した本当の理由がそこにある・・・。
・・・早く・・・早く夜になれ・・・。僕らの走りは、これからが本番・・・。
陽が沈んでからの、文字通りアンダーグラウンドな、狂った高速ステージへ・・・。

533: 774RR 2006/03/31(金) 23:51:37 ID:W72IquLW
第三京浜にはまだ早い。日没直後の空はまだ薄っすらと明るい。
僕らは、第三京浜に上がる前に鮒田食堂で腹ごしらえをした。腹が減っては戦は出来ない。
半年間のブランクのある僕は、そこで最近の第三京浜の実状を聞いた。

「最近、第三京浜にちょっと問題のある連中が出没しててね・・・」
鈴木さんが、味噌ラーメンをすすりながら言う。
「米軍の連中だ。奴ら、コースでも保土ヶ谷でも我が物顔で振舞ってやがる・・・。いまいましい連中さ・・・。」
アナゴ君が苦虫を潰したような顔でそう言った。

二人の話をまとめると、春先頃から4人のおそらく横田基地所属と思われる4人の米兵がときおり現れるようになったらしい・・・。
彼らはあまりに悪質な運転をするという。一般四輪車を驚かすような急激な針路変更や、ギリギリの追い越し。
同じバイクの走り屋に対しても、後続車に対しての意図的な急ブレーキ、先行車への執拗な煽り行為。
保土ヶ谷に集う血気盛んな何人かは腕っぷしで彼らに挑んだそうだが、ただでさえ大男のそのアメリカ人達は普通の人間ではない。世界最強の軍隊の訓練を受けているのだ・・・。当然ながら返り討ちにあい、中には病院送りになったものまでいたという・・・。

「あいつら・・・日本人をバカにしてやがるんだ・・・」
アナゴ君は悔しそうに呟いた。自分達が愛した場所で好き勝手の狼藉を働く彼らを許せない・・・がどうしようも無い・・・。そんな悔しさがにじんでいた。

534: 774RR 2006/03/32(土) 00:22:24 ID:rRotlvIe
今でも、在日米兵の引き起こす事件と言うのはときおり表沙汰になり問題となっているが、当時は今と比べ物にならないほどその状況たるや酷いものであった・・・。

横田基地のある福生の他にも関東で言えば横須賀など、在日米軍基地がある場所はそれでも活況に沸いた時期がある。朝鮮戦争やベトナム戦争の中継地点となったそれらの基地周辺は、明日の命の行方すら解らない米兵達が自暴自棄的にばら撒くドル紙幣の恩恵をうけてはいた。
もともと占領軍として日本に入ってきた彼ら。日本人を自分達と対等の目線で見るものは少ない。特に酒の入る夜の街で彼らの悪行は当時から問題となっていたが、それでもそれ以上に地域を潤す金の力を背景にそれらは半ば黙認されていた。

しかし、ベトナム戦争も終わりかけの1973年。日本が変動為替相場制に移行してから状況が変わる。
それは彼らが日本でする買い物の値段が、2倍から3倍になったということである・・・。
・・・ビール一杯がそれまでの三杯分の値段になった・・・。歓楽街から客としての彼らの足は遠のき、そして野蛮な鬱憤が爆発する・・・。
東アジアの安全と平和の為に、来たくも無い極東の島国に送られて来て、しかも命がけで戦争をしているというのに、いきなり物価が3倍に・・・。そんな彼らの憤りは暴力的な形となって地域住民に向けられた。
傷害・・・強盗・・・強姦・・・。国家と軍隊という組織に守られ、そんな彼らの犯罪が明るみに出ることは決して無かった・・・。

その当時、ベトナム戦争終結から既に10年近くが経っており、米兵による犯罪のピークも過ぎてはいたが、それでも彼らの日本人に対する目が対等でない事は窺い知れた。
そんな日本人に対する米兵の悪行の一端として、第三京浜にもその火の粉が飛んできたのだろうか・・・。

鈴木さんが最後に言った。
「悔しいが・・・彼らは、速い。腕っぷしでは敵わないかもしれないが、せめて走りで・・・一泡吹かせてやりたい」

543: 774RR 2006/03/32(土) 13:25:06 ID:0VtDbcGd
少年の父「すごいバイクですねぇ。何ccですか?」
アナゴ「ナナハンです」
マスオ「900です」
鈴木「1100です」


アナゴ「ちくしょーーーーーっ!!!」AA(ry

545: 774RR 2006/03/32(土) 15:08:55 ID:5diQRfBB
ちくしょう・・・
  / ̄⌒⌒ヽ
 | / ̄ ̄ ̄ヽ
 ||  / \|
 ||  ´ `|
 (6   つ /
 | / /⌒⌒ヽ
 |  \  ̄ ノ
 |   / ̄

549: 774RR 2006/03/32(土) 23:09:21 ID:OxeteJgK
3台の大型バイクは闇の東京を行く。
つい先ほどまでのバイク初心者の少年を引き連れた行儀の良い走行はなりを潜め、慢性的渋滞の環八をクルマの群れを縫うように進む。まるで無線で話し合っているかのようにシンクロしあう3台。
信号が青になるとたくさんのヘッドライトはバックミラーの中でみるみる小さくなり、同時に前方の真っ赤なテールライト群が一気に迫る。
その群れに飛び込み、一台一台を丁寧に大胆にパスしていくと、またしばしのオールクリア。
そんな走りを繰り返していくと、ほどなくして第三京浜玉川ICに到着する。

玉川IC手前。目黒通りと交差する等々力不動前交差点の赤信号で停車すると、右に並ぶアナゴ君が僕に叫ぶ。

「フグタ君!勝負だ!まだキミに負けるつもりは無いからな!」

これまで各地のワインディングを2台で何度もランデブーしてきたが、それは勝負というものではない。
アナゴ君がこれほどまでに露骨に僕に勝負を挑んできたのは初めてのことだった・・・。
僕の横に並ぶGSX750Sカタナに、一年ほど前ふと目を奪われたのが全ての始まりだった。
まるで別世界の乗り物のように僕の目の前に佇んでいたその美しい巨躯と、羨望の眼差しを送ったその乗り手が、今まさに中型二輪からステップアップしてきた僕を一対一の『ライバル』と認め、勝負を挑んできてくれたのだ・・・。
・・・僕の心は熱く滾り始めた・・・。望むところだ!相手に不足は無い。

僕はアナゴ君の宣戦布告に対して、左手でサムアップを送る。アナゴ君はヘルメットのバイザーを下げ、やはりサムアップで応えてきた。
アナゴ君はもう僕より大きなバイクに乗る先輩ライダーではない。僕達は対等なライバル、そして親友。

シグナルはブルーに。僕達は目の前に近づく玉川ICに進入していった・・・。

578: 774RR 2006/04/03(月) 22:41:21 ID:LqzgacFc
初めてアナゴ君と一騎打ちをする事になった僕。そんな僕は、心のどこかで『負けは無い』と思っていた。
その理由は僕のNinjaがアナゴ君のカタナに対して最新型であったり排気量が上回っていたりするという極単純なものだった。
しかし僕は思い知る。多少のマシンの性能差であれば吸収してあまりある『ストリート』の不思議と奥深さを・・・。

玉川ICから緩やかに左旋回していく。先行するアナゴ君が一瞬速くコーナーの終わりを確認し、フル加速していく。
僕はあえてシフトアップせずにローで旋回していた。未だ試していないNinjaのフル加速を確認する為だ。
アナゴ君のカタナに続き、僕もスロットルをゆっくりと大きく開ける。タコメーターの針がレッドゾーンを指し示す一瞬前にスロットルはストッパーに当たる。もてる力を解放され雄叫びをあげるカワサキ水冷900cc。
たちまち希薄になるフロントタイヤの接地感。・・・いや、これはすでにタイヤがアスファルトを捉えていない、という事を視界にスクリーンとメーターがせり上がって来たことで気づく。・・・いともあっさりとパワーリフト。
初めてのフロントアップにやや面食らい、スロットルを大きく戻しセカンドにシフトアップ。すると、その隙を見逃すはずもない鈴木さんのCB1100Rが右側からゆっくりと僕を抜いていく。

ヨンフォアの頃なら、この時点で先行する大型バイクの加速を見せ付けられ戦意を失うところだが、今日は違う。
アナゴ君も鈴木さんもNinjaのパワーにやや驚いた僕より先行してはいたが、その背中は手を伸ばせば届きそうなところにある・・・。そう、僕が乗っているのは最新型の世界最速バイク・・・。置いて行かれはしない!

速度が乗っていく・・・。ヨンフォアのエンジンが喘ぐように搾り出していた最高速領域を、Ninjaのスピードメーターの針は一切の躊躇無く通り過ぎていく。Ninjaにとってそれは単なる通過点でしかなかった。
美しく、そして暴力的に景色は溶解しNinjaの後方へ飛び去っていく。ヘッドライトに照らされる一瞬先の未来は、次の瞬間バックミラーの中で、もはや戻らぬ過去となり闇に吸い込まれ消えていく・・・。

Ninjaは僕を未知の領域へ誘う・・・。4速にシフトアップした頃、180km/hを超えた・・・。

580: 774RR 2006/04/03(月) 23:23:12 ID:LqzgacFc
・・・そう・・・これだ、この感覚だ・・・。僕は間違っていなかった・・・。僕は半年間、欲してやまなかったものを手に入れられた事を確信していた・・・。

メーターの針が180km/hを超えたころ、僕はその速度感がこれまでのものと異なる事に気がついた。
硬い・・・。そして鋭い・・・。前方から襲い来る空気の壁にそう感じる事は既にヨンフォアの時に体験済みだ。
しかし・・・まさか、それが飛び去る景色にまであてはまろうとは・・・。
フロントカウルとスクリーンの絶大なる恩恵を受け空気の壁に苦慮する事は無くなったが、だからこそ落ち着いて感じる事の出来る『速度』に対して、初めて恐怖が鎌首をもたげた。恐ろしい・・・。足元では、もはや肉眼で捉える事すら不可能なほどの速さでアスファルトが流れていく・・・。文字通り、死と紙一重・・・。

それは夜の闇のせいでもあった。この位の速度域ともなると、日中との速度感の隔たりは凄まじく大きい。
既にしばらく前から僕はヘッドライトをハイビームにしていたが、その照射範囲をもってしても200km/hに迫ろうとするスピードではやや能力不足だと感じた・・・。
そしてメーターの針は200km/hを指した・・・。怖い・・・、怖いのだが・・・最高にエキサイトする!
恐怖と快感、という通常であれば相反する感情を一つの悦楽として楽しんでいる僕がいた。

しかしそれでも、この暗さの中で200km/hという速度ではスロットルをおいそれと開け増すことなど出来ない。
僕はその速度を維持しようとしていた。が、先行する2台、特にアナゴ君はまだまだ速度を上乗せしていく。
「マジかよ・・・」
僕はヘルメットの中で呟いた。そして、第三京浜に上がる前のアナゴ君からの勝負の申し出を思い出す。
そうだ・・・。これしきの事で置いていかれるわけには行かない・・・。僕はスロットルをさらに開けた。

するとこんな速度であるにも関わらず、Ninjaはハッキリとした加速Gを僕に与え再び速度の上乗せを開始する。
僕はその秘められたポテンシャルに驚くとともに感激する。
210km/h。前を行く鈴木さんは、もうこれ以上スピードをあげるつもりは無いように見えた。一瞬ためらったが僕は鈴木さんを抜き返す。
ゆっくりとバックミラーの中で小さくなるCB1100R・・・。僕の前には、もうアナゴ君しか居ない!

582: 774RR 2006/04/03(月) 23:37:18 ID:+mWRq+cv
忍者って最高どれくらい出るの?250くらい?

583: 774RR 2006/04/03(月) 23:50:42 ID:VEcBk7oF
キリンではイレブンは230km位出てたけど
750は200km行くのか?
スペックでは
82年製GSX750S 69ps/8500rpm 
        222kg F 16インチ
81年 GSX1100S 111ps/8500rpm
        232kg F18インチ
CB1100R 115ps 233kg
Ninja 115ps 228kg 最高速 250km以上

マスオは無敵です 
ライバルはVF1000Rくらいかな・・・

 

604: 774RR 2006/04/04(火) 23:58:17 ID:HOhY3Cjl
スピードメーターの針が220km/hを指す少し前。アナゴ君のカタナの速度上昇が頭打ちになった。
スロットルを開けるのを止めたのか?いや、おそらくこれが750カタナの限界領域なのだろう。
Ninjaはまだ余力がある。しかしこちらもまた、ハード的に限界に達していなくても人間的にはほぼ限界だった。

これが昼ならまた話は違う。最高速すら視野に入れた走りをしていたであろう。しかし、今は夜・・・。ハイビームのヘッドライトですら、その照らす先に不足を感じるような速度。まるで、暗闇の壁に飛び込んでいくようだ。
もはや、その流れる景色の速さに充分に目が付いていかない。視野は極端に狭くなる・・・。もし万が一、路上に落下物があったとしたら、避ける暇も無くアウトであろう・・・。
それは、さながらロシアンルーレットのような狂気のクルージング・・・。
それでも僕は、恐怖を上回る快感の中にいた・・・。ワンミスで全てが終わるその世界。そんな状況が楽しくて楽しくて仕方が無かった・・・。人に「それは病気だ」と言われれば、胸を張って否定できない事は解っていた・・・。

ヨンフォアでの高速走行では、常に意識がバイクの先を走っていた。それは時にもどかしさを生んだ・・・。だが、Ninjaの持つ身体能力は、完全に僕の意識の先にある・・・。欲しい速度がいつでも手に入る、その快感・・・。
もどかしさなど微塵も無い。無限に湧き出るかのようなパワー・・・。欲しいままのスピード・・・。僕は完全にスピードの先にいる『悪魔』の虜となっていた・・・。

そして僕はアナゴ君を抜いた・・・。僕自身も精神的に限界が近かったが、バイクに余力を残したまま彼の後塵を拝するのは我慢できなかったからだ。
この高速領域で、僕は初めてバックミラー越しにカタナのフロントカウルと、そこに潜り込むアナゴ君の姿を見た。
遂に僕は、羨望の眼差しで見たカタナとそのライダーの前を走ることとなったのだ。

しかし・・・、ここからが問題だった。アナゴ君を置き去りにするのは、至難の業だったのだ。

606: 774RR 2006/04/05(水) 00:00:53 ID:9JJ25jBU
速度は230km/hに迫る。バックミラーの中で少しずつ小さくなるカタナ。僕は加速を止め、その速度を維持しようとしていた。しかし、深夜の超高速領域ではそれすら難しい事である事を僕は知る。

以前、ヨンフォアで走った第三京浜と何かが違う・・・。そう、これではまるでワインディングだ・・・。
僕は、第三京浜とは直線で構成された道路だと思っていた。一般的な速度で走れば・・・、いやヨンフォアで最高速アタックをしていた時においては、その認識も誤りでは無かっただろう・・・。しかし、200km/hを超えるこの超高速領域では、それまであまりにも緩やかでコーナーという認識すら無かったコーナーが、まるで峠道のように迫る・・・。しっかりと「コーナーリングをする」という意思を持たなければその速度のまま進入していく事など出来ない。

もはや速度の維持どころではない。迫る超高速コーナーを前にして、僕はスロットルをやや緩める。直進している時とは異なる不気味な小振動を前後足回りから感じる・・・。
そしてコーナーを抜けると、あれほどまで引き離していたと思っていたカタナのヘッドライトがバックミラーの中で大写しになる。次のコーナーまでに再びカタナの引き離しを試みるが、やはり立ち上がりではカタナはすぐ背後にピッタリと付いている・・・。それは、アナゴ君がその超高速コーナーを僕よりも速いペースでクリアしているという事実に他ならなかった・・・。

608: 774RR 2006/04/05(水) 00:03:16 ID:9JJ25jBU
先が闇で見通せない超高速コーナー。その先では、死神が待ち伏せしているように思えた・・・。
そして、ここ第三京浜においては、僕より先んじて半年の間通いつめていたアナゴ君に分があった。彼はどの程度の速度でコーナーに進入すれば死神の餌食にならずに済むのかを知り尽くしていた・・・。

あるコーナーで、僕は恐怖に心を囚われてしまった・・・。思わずスロットルを大きく戻す。旋回トルクを失ったNinjaはコーナー外側へ膨らんでゆく・・・。硬直する体・・・。アウト側に固定された視線の先、キロポストの陰で死神が手招きしているように見えた・・・。
完全な失速・・・。そして、そんな僕のイン側を再びアナゴ君とカタナが僕の前へ出るためにすり抜けていく・・・。
ちょっと待ってくれアナゴ君・・・。なんてバンク角だ。僕らは一体、何キロ出していると思っているんだ!?

あの日、ターンパイクで僕を抜いていった時のように華麗で大胆なコーナーリングフォームで超高速コーナーをクリアしていくアナゴ君・・・。抜かれた悔しさとともに、僕が900ccに乗り換えたところで一向に色褪せない彼の走りを目の当たりにし、笑みが漏れる僕。

そう・・・。やはり、アナゴ君はアナゴ君だったのだ。




627: 774RR 2006/04/06(木) 22:19:11 ID:C7sucwj/
再び僕はアナゴ君の後ろを走ることになった。その見慣れた後姿を見て、僕はふと落ち着きを取り戻す。
・・・僕は何を焦っていたのだ?Ninjaに乗るからには勝たねばならないという過剰な自意識からか?
・・・そうだ、落ち着け・・・。僕とNinjaは今日コンビを組んだばかりだ。なにも焦ることは無い・・・。
アナゴ君・・・、悪いが走りを盗ませてもらうぞ。

アナゴ君に抜かれたコーナーを抜けると、しばしのストレート。スロットルでカタナを抜こうとすれば、それは不可能な事ではない。だが、僕はアナゴ君の走りを後ろから眺める事に徹することにした・・・。
ヨンフォアに乗りたての頃、いつもそうやってアナゴ君の走りを見ることで勉強してきた。彼の熱く、それでいて一本筋の通った確かなライディングテクニックを追うことで、僕は速さを身に付けてきた・・・。そして、ニューマシンに乗る事になった記念すべきこの日、僕は初心に帰ることにしたのだ・・・。

我武者羅に前に出ようとしなくなった背後の僕にプレッシャーを感じてくれれば、保土ヶ谷に着くまでに再び彼を凌駕するチャンスは巡ってくるはずだ。必ずアナゴ君の前にもう一度出てやる。僕が勝ったら彼にはPAでコーヒーの一本でも奢らせよう・・・。

迫るコーナー。アナゴ君に続いて超高速コーナーリングに身を預ける・・・。尻をやや内側に落とす。例えこんな速度でも、ハンドルに力を入れないライディングのセオリー。心躍る・・・。あぁ、彼の後ろはやはり走り易い・・・。
精神的余裕に満たされる・・・。さっきまで死神の影に怯えて走っていたコーナーが、瞬く間に待ち遠しい悦楽のポイントへ変わる。
ストレートで前に出ようとしない僕を、アナゴ君は時折カウルに深く身を沈めたまま肩越しにチラッと直接目視してくるが、続くコーナーで僕を意識してライディングのテンポを崩すような事は決して無い。
ふと気がつくと、随分前に引き離したはずの鈴木さんが、バックミラーの中で付かず離れずのポジションをキープしている。・・・さすがだ・・・。

3台の超高速クルージング・・・。とにかく楽しかった。僕は勝負を忘れ、その快感の中に身を置いていた・・・。
・・・僕らは夜に飛ぶ鳥・・・。深夜の都会を翔る、地上の猛禽類・・・。

630: 774RR 2006/04/06(木) 23:11:19 ID:C7sucwj/
解ってきた・・・。第三京浜のコーナーリングのリズムが掴めて来た・・・。
ややスロットルを抜く。それをキッカケにして、焦ることなくゆっくりと車体を倒しこむ。路面のギャップはNinjaの持つ素晴らしい足回りの能力に任せておけばよい。決してハンドルにしがみついてはダメだ。
クリッピングをインに取り過ぎない。先を見通せる余裕を持ったイン側を使い過ぎないライン取りを心がける。
そうだ、ライディングはメンタルが重要だ。恐怖しない、焦らない、油断しない・・・。自己を律し、そして自己を奮い立たせる・・・。そう・・・、安定した、そして適度に張り詰めた心・・・。ライディングは魂だ!

あまり多くない一般車両の間を抜けるラインを、数台先まで予測する。僕らのしている行為が一般社会に許容されるものでないことは重々承知だ。が、最低限の人間的マナーとして一般車両を驚かせないようなパスを心掛ける。それは免罪符のつもりでは無い。それが僕のライディングのプライド。

ストレートで僕はアナゴ君に吸い付くように追いすがる。超高速の風切り音の中で、カタナのエキゾーストノートがハッキリと聞き分けられるほどに接近すると、僕は一気にカタナの右側から再び追い抜きをかける。
速い・・・。Ninjaは本当に速い・・・。いともあっさりとカタナに並ぶ。
そして迫る左コーナー。しかし、アナゴ君も退かない。アナゴ君はイン側左車線、僕は中央車線。僕らは並んだままコーナーに進入していく。

競い合いながら、しかし見事に息のあった超高速の並走コーナーリング。その一部始終を後ろで見ていた鈴木さんは後日、その時の様子を語りながら、キミらは本当にいいコンビだな、と笑って言った。

イン側のアナゴ君がやや先行してコーナーを抜けようとする。僕は立ち上がりで一気に抜き去ろうと、早めにバイクを起こしスロットルを開けようとした。その時だ・・・。

斜め前のアナゴ君のブレーキランプがチカッチカッと3回ほど点滅したかと思うと、彼はスロットルから手を離し、右手のひらを僕に向け静止を呼びかける。

その次の瞬間、再加速しようとしていた僕の目に飛び込んできたのは、猛烈な勢いで迫る保土ヶ谷料金所!

648: 774RR 2006/04/08(土) 22:47:51 ID:wfrplY6P
猛烈な勢いで迫る、第三京浜保土ヶ谷料金所。そこに列を為す数台のクルマのテールライト。
突然、目の前に現れた行く手を遮る障害物・・・いや、単に僕がこのコースを知らな過ぎただけ。アナゴ君との勝負に夢中になり過ぎただけ・・・。

僕へ静止を呼びかけたアナゴ君の右手が、カタナのスロットルを掴んだ刹那、再びパッと点灯するカタナのブレーキランプの赤い光。そこで初めて我に返った僕は目の前の状況を理解する。
脳から司令を受けた右手人差し指と中指が、フロントタイヤが破綻をきたす直前までブレーキレバーを絞り上げる。
ギュウとほぼ限界までボトムするフロントフォーク。
同時にリアブレーキペダルを踏み込む右足。フルブレーキングで分布加重が著しく前輪に移動した事によりキュッキュッと断続的にスリップとグリップを繰り返すリアタイヤ。
目前に迫るテールライト。停まれるか?停められるか?刹那、不安がよぎる。体が硬直する。

料金所に並ぶカローラの後方数メートルのところまで接近して始めて、無事に停車出来そうなことを確信する。
僕がやっとのことでNinjaの慣性エネルギーをゼロにした時、すいている料金所ゲートを選ぶ余裕すらあるアナゴ君は僕の隣のレーンで悠々とゲートイン。

負けた・・・。料金所への飛び込みがどちらが先かの問題ではない・・・。
料金所手前の最終コーナー。イン側のアナゴ君は僕よりわずかに先行していた・・・。ここ公道においては必ずしも明確なわけではないフィニッシュライン。しかしながら、走っている者同士には不思議にも明確に共有されている勝者と敗者を隔てる空気。そして、僕はどちらかと言えば明らかに後者。僕は負けたと感じていた・・・。

・・・そう。そもそも勝敗どころの話ではない。先行するアナゴ君の存在が無ければ、僕は危うく料金所に激突していたかも知れないのだ。
背筋に冷たいものを感じながら、保土ヶ谷PAに入る。すぐ背後にはCB1100Rのヘッドライト。
カタナに跨りながらヘルメットを脱いだアナゴ君の隣に停車すると、彼は満面の笑みで言った。

「俺の勝ちだな!じゃ、缶コーヒーでも奢ってもらおうかな!

654: 774RR 2006/04/08(土) 23:37:24 ID:wfrplY6P
負けたほうが缶コーヒーを奢る・・・。アナゴ君も同じ事を考えていたのか。やはり気の合うヤツだ。

僕はNinjaに跨ったままヘルメットを脱ぎ、漆黒の空を仰ぐ。フーと深呼吸をする。
十数分振りなのに妙に懐かしくそして安心する、地面に足を付く感覚。緊張と加減速Gでこわばっていた全身の筋肉から力が抜けていく・・・。
「ほら!早くしろよ!」
「わかった、わかった!」
コーヒーを急かすアナゴ君の言葉に、僕は敗北を否定せずそう答えた。

ハイライトを吹かし始めたアナゴ君をその場に残し、自動販売機へ向かう僕と鈴木さん。
僕はついさっきまでの高速バトルを思い返していた。負けたのは悔しいが・・・、やはり楽しい。バイクは本当に楽しい・・・。手の平に残るNinjaの振動の余韻を感じつつ、僕の心はこれまでに無いほど満たされていた。

「やっぱり速いなキミは。とても今日初めてNinjaに乗ったとは思えないよ」
「でも、ちょっと危なかったですけどね」
そんな会話を鈴木さんとしながら、自動販売機で目的を果たす。バイクの元へと帰る途中、ここ保土ヶ谷PAの雰囲気が以前ヨンフォアで来たときと少し異なる事に気がついた。なんだか・・・独特のアンダーグラウンドな危険な香りが鳴りを潜め、わずかに緊張で張り詰めたような空気を感じた。

半年前、ヨンフォアでここに来た時、僕はその危険な空気の中で少し怯えていた。トイレでは柄の悪い走り屋二人に絡まれそうになり、危ういところを鈴木さん達に助けられたりもした。
・・・しかし、今日は違う・・・。周りを見回すと、強面のバイオレンス系の走り屋集団も確かにたむろしているのだが一所にかたまり、そしてその会話の声も小さい・・・。まるで何かに怯えているようにも見えた。

アナゴ君の元に戻ると、彼はタバコの煙を吐き出しながらPAの一箇所を見つめていた。僕と鈴木さんが戻った事に気がつくと、アナゴ君は顎をしゃくってその場所を指し示す。
「・・・鈴木さん、あいつらだ・・・。今晩も来てやがる・・・。」

保土ヶ谷PAの片隅、街灯の下。そこには4台のバイクと、そこに集まる屈強な4人の外国人の姿があった・・・。

688: 774RR 2006/04/10(月) 22:26:32 ID:WG75dEwS
街灯に照らされ浮かび上がる4台のバイク。
750SSマッハ・・・、CB900F・・・、Z1000R・・・、そしてVF1000R。
そして、その傍らにはそれらの主とおぼしき4人の外国人・・・。彼らが噂の米兵である事は、アナゴ君の説明を待たずとも理解できた。
我々日本人にとって、外国人の年齢は見た目で判断が付きにくいものだが、長身の黒人と二人の白人は二十代半ばといったところだろうか・・・。僕達とそう変わらぬ年頃に見えた。
そして、短い顎鬚をたくわえたおそらくリーダー格と思われるその白人男性は30歳程度に見える・・・。

確かに近づきがたい迫力を持っていた。タダでさえ特に当時の日本人はまだ外国人コンプレックスを多分に持っていたが、それが無くても軍の訓練を受けているであろう、その屈強な筋肉質で巨大な体を持つ男達は近づきにくい存在だった。

彼らはタバコを吹かし、時にコーラを飲みながら談笑していた。
その彼らの雰囲気が何とも気に喰わなかったのは、明らかに彼らのその笑いの矛先が、周囲の日本人に向けられたもののように見えたからだ。
彼らは時折周囲に目線を送り、一つ二つ言葉を発したかと思うと、ギャハハハと言った下卑た笑いを一斉に放つ・・・。笑われているのが僕らなのか、僕らのバイクなのかは解らなかったがいずれにしても非常に不愉快な
ものだ・・・。そんな中で、リーダー格の髭の男だけが、ほとんど笑わず口も開かず、仲間の話を聞くでもなく聞いているように見えた。

保土ヶ谷に集う、一見アウトローな日本人ライダー達は、そんな4人の米兵を直視する事も無く、斜めに目線を送り、小さくなっていた。米兵達の不愉快極まり無いその態度に反抗心を剥き出しにするものなど居なかった。
・・・そう、たった一人の男を除いて・・・。

僕の目の前のアナゴ君は、真っ直ぐに4人の外国人を見据えていた・・・。彼の口から時折吐き出されるタバコの煙の向こう側にしっかりとその狼藉者を見据えていたのだ・・・。僕はそんな彼の挑戦的態度を前にハラハラしていた・・・。

693: 774RR 2006/04/10(月) 22:57:59 ID:WG75dEwS
アナゴ君の挑戦的な目線に気がついたのか、4人のうちの一人があからさまにこちらを指差し仲間に何か言う。
そして一斉に起きる笑い声。

「・・・!!」

拳を握り締め、彼らに向かって一歩目を踏み出そうとしたアナゴ君の腕を掴み止めたのは鈴木さんだった。

「アナゴ君・・・。よせ・・・、よすんだ。落ち着け・・・。」

アナゴ君はそんな鈴木さんの制止を寸でのところで受け入れる。そう・・・、腕力で彼らに敵うわけが無いのだ・・・。
それにしても腹立たしい・・・。アナゴ君が鮒田食堂で彼らの話を僕にしてくれた時、ものすごく悔しそうな顔をして
いたが、実際にその空気の中に身を置いてみると、その気持ちは痛いほど解った・・・。
僕はケンカなど全く縁が無くこれまで生きてきた優男だ。しかし、そんな僕でも彼らの傍若無人ぶりにはらわたが煮えくり返るような思いだった。週末の熱く楽しいバイクでのひと時。そんな雰囲気を無粋にもぶち壊す彼らの振る舞い・・・。そして、それに対して何もする事の出来ない自分の不甲斐なさ・・・。全てに腹が立っていた・・・。

そんな4人の外国人はリーダー格の髭面が何かを言ったかと思うと、それぞれのバイクに跨りだした。
その髭面の男はその中で最も最速と思われるVF1000Rに乗る。
どうやらこの場を去るらしい・・・。腹立たしさと安堵感の入り混じった気持ちの悪い心持ち。しかし、その場はこれで終わるように思えた・・・。その時である。

695: 774RR 2006/04/10(月) 22:58:55 ID:WG75dEwS
保土ヶ谷から去ろうとする4台のバイクの列。その最後尾の男が周囲のライダー・・・いや、明らかに僕らに向けて左手中指を空につき立て、挑発的ポーズを取ってきたのである。それは、先刻から彼らに挑戦的目線を向けていたアナゴ君へのものである事は明らかだった・・・。

「ヤロウッ!!」

言うが速いかカタナに跨りセル一発でエンジンを始動するアナゴ君。・・・そして、何故か僕もヘルメットを即座にかぶりNinjaの上に居た。奴らを許せなかった・・・。優男だったはずの僕。しかし、バイクでならその売られたケンカを買う事が出来た・・・。アナゴ君の気迫にあてられたのだろうか?これほどまでに好戦的気分になったのは初めてだった。

まだ4台のエキゾーストノートが聞こえるほどの短時間で、カタナはスクランブル発進。その直後に僕も続く。

「アナゴ君!フグタ君!待てっ!!」
そんな鈴木さんの制止の言葉は、今度は全く僕らの耳に入らなかった。周囲のライダー達はそんな僕らをただ立ち尽くして見送るだけだった。

必ず・・・必ず、一泡吹かせてやる!!



708: 774RR 2006/04/11(火) 14:50:05 ID:AcoxWk3s
/ ̄⌒⌒ヽ
      | / ̄ ̄ ̄ヽ
      | |   \  /|
    .| |    ´ ` | ヤロウッ!!
     (6    つ /   
    .|   / /⌒⌒ヽ
      |    \  ̄ ノ
     |     / ̄

709: 774RR 2006/04/11(火) 14:50:46 ID:AcoxWk3s
ずれちゃったw

710: 774RR 2006/04/11(火) 14:59:09 ID:pfrNf3pz
>>708-709
てめーわざとだろwww

726: 774RR 2006/04/12(水) 21:35:01 ID:zdPSYR+T
4台を見失わまいと、PA内にも関わらずフル加速するアナゴ君と僕。フルバンクし、一気にPA出口へ向きを変える。
日昼は目視出来ない火花をステップから撒き散らし僕の前を行くカタナ。
カタナは高々とフロントタイヤを空に突き上げ、Ninjaは滑るように猛加速し、ともに本線上へ躍り出る。
・・・絶対に・・・絶対に、逃がすものか!!
誰の目から見ても、柔和で弱々しい印象の僕。しかし、その時の僕は明らかに「男」の目になっていたであろう。

吹け上がるエンジン・・・。轟く排気音・・・。それらバイクから放たれる躍動とともに、熱く滾る一匹の男としての僕達のプライドと血潮・・・。
・・・そう、僕達は若かった・・・。向けられる悪意や嘲笑に対し愚直にぶつかって行く術しか知らず、またぶつかって行く事が出来た・・・。年を経るとともに枯渇していく、そんなストレートな感情の激流。その代わり身に付けていくであろう狡猾さや老獪さを否定するつもりは毛頭ないが、ただ素直にあの頃の若さが懐かしく、かけがえの無いものに思えるときがある・・・。あの頃の僕達は不完全ながらも熱く燃え盛り、内に秘めたエネルギーで光り輝く若者だった・・・。

遥か闇の彼方に4台の後姿を確認した・・・。奴らはスクリーンに深く潜り込み猛追する僕達の接近に気がついていないのか、至ってマイペースでクルージングしていた・・・。この先、どこへ行こうというのか?湾岸線だろうか?
いずれにせよ、逃がしはしない!

4台は、首都高湾岸線へと続く本線を外れ、ICから一般道へ下りていく。もはや僕達はそのバトルステージなどどこでも良いと思っていた。それがどこであろうとも、スピードで奴らを凌駕してやろうと思っていた。
国道に下りた彼らは、すぐに反対車線のICに入っていく・・・。
そこで僕らは彼らがどこへ行こうとしているのかを理解した。それは保土ヶ谷から東京方面へ向かう第三京浜上り線。
再びの第三京浜・・・。望むところだ、ステージに不足は無い!

730: 774RR 2006/04/12(水) 22:16:29 ID:zdPSYR+T
国道から再びICに吸い込まれていく4台の後姿がみるみる迫る。その時点で最後尾の750SSマッハのライダー・・・、
アナゴ君に対し挑発的なハンドサインを送った張本人が、後ろから迫る僕達の姿をバックミラー越しに確認する。
すぐに振り向いて、直接目視で僕達の接近を確認するライダー。彼は僕らの姿を確認すると、クラクションで前方を行く3台の仲間にその事態を報せる・・・。

一瞬の間の後、4台の敵機は一気にスピードを上げ第三京浜上り線に吸い込まれていく。
加速車線上で既に本線上を往来する一般車両を遥かに上回る速度に達する、敵機4台とカタナとNinjaの計6台。
猛烈な勢いで先細っていくゼブラゾーン・・・。そして僕らは狂気のスピードで第三京浜の上り本線上へ放たれた・・・。

速度は既に180km/hを超えようとしている。この時点で前を行くマッハの速度上昇が鈍る。1970年代前半、当時の最速ランカーだった往年のビッグ2stマシンも、200km/h以上をコンスタントにマークする僕らに敵うはずなど無い。
敵機4台の最後尾で煙幕のような紫煙を噴出しながら走るその殿軍を早いところ料理しなければ、その前を行く3台に取り返しの付かない溝をあけられてしまう・・・。

アナゴ君は躊躇することなく煙幕を飛び出し右側から、マッハに並びかけた・・・。その時だ。
マッハはまるでそのアナゴ君の動きを読んでいたかのように、同じく右側へ針路変更。再び煙に巻かれるカタナ。
交錯するカタナとマッハの走行ライン・・・。接触する!危ない!!

731: 774RR 2006/04/12(水) 22:17:03 ID:zdPSYR+T
点灯するカタナのブレーキランプ。そして、さらに右側の第三車線まで回避行動するアナゴ君。
なんてヤツだ・・・、まるで見計らったかのようにマッハはアナゴ君の進路を塞いだ・・・。ただの威嚇ではない・・・、アナゴ君が回避しなければ確実に接触していた・・・。噂には聞いていたが、その悪質さは相当のものだった。

アナゴ君が激昂しているのは、彼の後姿から見て取れた。緩やかな左コーナーで大外から再びマッハに追い抜きをかけるアナゴ君。その追い抜きざま、アナゴ君は先刻その相手にされたのと同じように左手中指を突きたて返す。
僕もまた、コーナー立ち上がりで一気にマッハをパスする。
バックミラーの中で小さくなってゆくマッハのヘッドライト。残念だが、前座を相手にしているヒマは無い・・・。

さぁ、ここからが本番だ。本丸攻略に向け、僕達は残る3台を追う。

813: 774RR 2006/04/16(日) 01:16:34 ID:KSKiI13r
不夜城東京の灯りに照らされ、深夜にも関わらず目視可能な厚く垂れ込めた雲・・・。湿気を含んだぬるく重い梅雨時の空気・・・。その中を一般車両を縫うように走る5台のバイク・・・。
敵機3台のテールランプがスクリーン越しに迫る。僕と奴らの間に鎮座するNinjaのスピードメーターの針が200km/h目前であることを視界の片隅で判断する・・・が、もはやそんな『数値』などどうでも良い。今は奴らの前に出ることにこそ意味があったからだ。

等間隔で迫っては消え行く道路灯・・・。矢のように足元を飛び去る路上のホワイトライン・・・。遥か彼方からゆっくりと近づいてくるように見えた道路表示板は急激に加速度を増し、そこを通過する頃にはもはや内容の判読すら叶わないほどの速度で後方に吹き飛ぶ・・・。そんな闇の超高速領域の中で、脳が認識する景色は無機質に抽象化され、
まるでSF映画でも見ているかのように希薄な現実感・・・。しかし、カウルに潜り込んでいるとヘルメットが空気を切り裂く音が小さくなる替わりに、股下で不気味に唸るエンジン音だけが良く聞こえ、それは紛れも無く死と隣り合わせの狂気の世界に自らが身を置いている事を報せる・・・。

前を行く敵は、殿軍が攻略された事を知ると速度を上乗せする・・・。確かに奴らは速い・・・。
その命がまるで惜しくないかのようにコーナーへ飛び込んでゆく・・・。2車線、時には3車線を大きく使い、速度を殺さぬライン取りでコーナーの先の闇へと吸い込まれてゆく・・・。相対速度では優に100km/hを超えるであろう一般車両をまるでパイロンのように縫って走る。大きな体と大きなアクションに、大型バイクの巨体はいとも簡単に
操られる・・・。そのライディングは繊細かつ大胆であり、先入観として知っている狼藉者としての彼らの一面を差し引いても、目を瞠るものがあった・・・。

815: 774RR 2006/04/16(日) 01:17:42 ID:KSKiI13r
それでも僕達も負けてはいなかった・・・。コーナーや一般車の処理・・・、あらゆるシチュエーションにおいて決して彼らに置いて行かれる事はなかった。常に彼らの背中を射程圏内に収めていた・・・。
しかし、厄介だったのは先頭を行くVF1000Rの露払いの如くその後ろを走るCB900FとZ1000Rの二台が非常に巧みなブロックを仕掛けて来る事であった・・・。
時に2台が連携した巧みなポジション取りで、コーナーにおいては常に僕らのイン側を陣取る彼ら。なかなか前に出させてはもらえなかった。さすがに軍人・・・。その統率の取れた走りに僕らは封じ込められていた。

それでも僅かな隙を突き、あるコーナーでアナゴ君は果敢に奴らのインに飛び込んで行った。
コーナー出口で露払い2台の前へ出るアナゴ君・・・。しかし、少なからず無理をしてイン側を手に入れた代償としてやや失速気味にコーナーを立ち上がるカタナを、2台の敵機は事も無く抜き返していく・・・。

対して僕はストレートでの勝負を狙う。単純に高速性能だけで言えば、CB900FにもZ1000Rにも負けるはずは無かった・・・。
しかし、事はそう簡単に進まなかった・・・。Ninjaの身体能力を解き放つには、あまりにも一般車両が多かった
のである。何故こんなにもクルマが多いのか・・・。幾度もコーナー立ち上がりでスロットルを大きく開けるも、3車線全てに満遍なく分布する一般車両の群れを縫って走るには、せいぜい200km/h強が限界。Ninjaの優位性を活かして走れる状況に無かったのだ・・・。

想像以上に彼らは速かった。そして道路状況も決して僕らに味方してはいなかった。
決して僕らは彼らにひけを取っているわけでは無かったが、それでも前に出るとなると決定的な何かを欠いていた。
そして都筑ICを過ぎる・・・。もうこんなところまで来てしまったのか、時間が無い・・・。
全長16km強の第三京浜。平均時速200km/hで単純計算すると全行程を走りきるのに5分も掛からない・・・。
僕らは露払い2台に封じ込まれ、時間を掛け過ぎてしまっていた・・・。例え2台をパスしたとしても、さらに速いと思われるリーダー格のVF1000Rを追い落とすにはそろそろ時間が足りなくなっていた・・・。

817: 774RR 2006/04/16(日) 01:18:27 ID:KSKiI13r
そのままのペースでパトカーを含めたクルマの群れを掻い潜り、抜け出す。
当然の如く、バックミラーの中の風景を赤く染め回り出すパトライト。しかし、ヨンフォアの頃に恐怖の対象だったその真っ赤な回転灯はいとも簡単にバックミラーの中で小さくなり、そして消えてゆく・・・。

パトカーをやり過ごすと、一気にクルマの数が減る。すると膠着状態に動きが出た・・・。
再びイン側を奪おうと試みるアナゴ君にCB900FとZ1000Rが注意を奪われたその一瞬・・・。僕は最もアウト側から、いち早く立ち上がり後のストレート上がクリアな状態である事を確認する。コーナー立ち上がりからストレートに向け、僕はスロットルをワイドオープン。
やっと訪れたその瞬間・・・。Ninjaは持てる力を一気に解放する。2台の敵機はゆっくりと手繰り寄せられるように近づき、並び、そしてNinjaの後方へ・・・。続いて迫るVF1000Rの後姿・・・。捉えた!と思った、その時だ。

Ninjaのスクリーンを叩く音・・・、そして水滴・・・。雨だ!
確かに今は梅雨・・・。しかし、だからと言ってあまりに悪いそのタイミング・・・。天すら僕らに味方しないのか?
そして、雨足は一気に強くなる・・・。見る見るうちに黒く濡れてゆくアスファルト・・・。しかも、東京側は少し前から降っていたのだろう、既に水溜りまで発生していた・・・。

バトル終結のタイミングを掴めないまま、それでも緩めざるをえないスロットル・・・。抜いたはずの敵機2台が僕の横を通り抜け、再度VF1000R後方の定位置に着く。
・・・このままバトルを続けるのは危険だ・・・。僕の左斜め後方で、未だやる気を失っていないアナゴ君をハンドサインで諌める・・・。そうしているうちに、すぐに目の前に料金所の緑の灯りが近づいてきた・・・。
そして、不完全燃焼のまま僕らは玉川料金所に辿り着いたのだ・・・。

818: 774RR 2006/04/16(日) 01:19:42 ID:KSKiI13r
料金所手前の路側帯で停車する敵機3台。そして振り返る3人の軍人・・・。
彼らの後方30m程のところに停車した僕らと、バイクに跨ったままの状態で睨み合いとなった・・・。
ますます強く降りつける雨に打たれながら睨み合う5人・・・。張り詰めた空気が流れる・・・。
CB900Fのライダーがバイクを降りる素振りを見せ、緊張は極限状態になった・・・。

そんな一触即発の空気の中、後方から迫るバイクのヘッドライト・・・。マッハのライダーだろうか・・・。4対2では全く勝負にならない・・・。袋叩きに合うのがオチだ・・・。アナゴ君はともかく、全くケンカ慣れしていない僕は内心怯えきっていた・・・。
しかし、そのバイクはマッハでは無かった・・・。睨み合う僕らと奴らの間に滑り込んで停まったのはCB1100R・・・。
鈴木さんだった・・・。彼もまた、奴らに視線を送る・・・。CB900Fのライダーは、バイクを降りるのを止める・・・。

激しく降りつける雨で煙る玉川料金所。睨み合う3人のアメリカ人ライダーと、3人の日本人ライダー・・・。
そんな緊迫した空気を破ったのは、やっと追いついてきた甲高い2サイクルエンジンの排気音と、先刻追い抜いてきたパトカーのサイレン音・・・。

合流してきたマッハの姿を確認すると、VF100ORの男はハンドサインで仲間に命令を送る。そして彼らは第三京浜から去って行った・・・。

そして後方から迫る赤色灯・・・。鈴木さんが叫んだ。
「僕らも行くぞ!今日のところはお開きだ!」

・・・あまりにも熱く、そして不完全燃焼のまま僕とNinjaの初夜が終わった・・・。

831: 774RR 2006/04/16(日) 12:43:19 ID:JjjNcoab
都筑ICって昔は無かったよね
港北ICに脳内補完

850: 774RR 2006/04/17(月) 22:05:31 ID:keXhKgP0
アメリカ人ライダー達とのバトルから一週間ほどが過ぎた。
僕とアナゴ君は、この夏の計画を立てるためにほぼ毎日のように鮒田食堂で食事を共にし、語り合った。
その計画とは・・・。もちろん夏の北海道ツーリングである。

今年は社会人である鈴木さんも、お盆休み付近から合流予定だ。昨年、あれほど走り回った北海道だが、それでもあの広大な大地を走り尽くしては居なかった。まだまだ行きたい所がたくさんある。
知床や納沙布岬・・・。未だ到達していない、果てしなきその旅路を夢見て、僕らのプランニングは盛り上がっていた。

そして、北海道以外にももう一つの計画があった。これは鈴木さんに誘われたものだ。
それは、7月末に行われる、鈴鹿8時間耐久ロードレースの観戦・・・。
鈴木さんが語るワークスチームやヨシムラ、モリワキといった有力プライベーターが繰り広げる、真夏の酷暑にも劣らないほどの熾烈な戦い・・・。僕もアナゴ君も、未体験のレースの世界に引き込まれた・・・。

7月末の鈴鹿8耐観戦・・・。そして直後に出発する北の大地、僕達の聖地北海道への自由なる旅・・・。
僕らの夏は忙しかった・・・。
夏という季節がもっとも青春の輝きを増す季節であろうことは、多くの人が異論を唱えないと思うが、僕もまた去年に引き続き、その若いエネルギーを灼熱の太陽の下で燃やそうとしていた・・・。

内向的で鬱に入りがちだった僕・・・。高校時代には自らのアイデンティティに苦悩し、河原で流れる雲を眺めながら、その出るはずも無い答えを悶々と自問していたこともあった・・・。
思春期には少なからずそのような時期も必要であろうとは思うが、しかしバイクを知ってからというものそんな風に心が内に引き篭もる事が無くなった・・・。なぜならその頃の僕にとって、全ての答えはバイクと共にあったからだ・・・。

そんな風に夏休みの計画を練っていった僕ら・・・。しかし、その前にやらねばならない事があった・・・。
その決着をつけなければ、無心で楽しめる夏が僕らにはやってこないように思えた・・・。

8耐よりも北海道よりも最優先するその課題。
そう、奴ら・・・アメリカ人ライダーを僕らの手で撃墜する事・・・。

853: 774RR 2006/04/17(月) 22:46:30 ID:keXhKgP0
その週末の夜。僕らの姿は第三京浜玉川IC入り口にほど近い、明神坂上の歩道橋下にあった。
闇の中、環八通りから目に付きにくい歩道橋の下に停まった3台の大型バイク。そしてその傍らで通り過ぎる無数のヘッドライトを見据えながら煙草を吹かす3人の男・・・。
僕とアナゴ君、そして鈴木さんは待っていた・・・。奴らが現れるのを・・・。

鈴木さんとアナゴ君の記憶による統計では、奴らアメリカ人ライダー達が土曜の夜に第三京浜に現れる確率は5割をゆうに超えていた。おそらく今日、待っていれば彼らは現れるだろう。

アナゴ君は、全開走行で走り慣れているのは保土ヶ谷PAへと向かう下り線であり、そこで決着をつけるべきだと主張した。僕も鈴木さんも、彼の作戦に異論は無かった。

僕とアナゴ君は、その週は平日にも関わらず2回ほど第三京浜を走り、来たるべく戦いに備えた。
鈴木さんはリアスプロケットを最高速重視のものへと換装した。
準備は万端だった・・・。
自分達の愛する場所を守るため・・・。そして日本人としての意地・・・。僕らは燃えていた・・・。

僕らは奴らの登場を待った。ひたすらに待った・・・。
ほとんど無言のまま闇に佇む3人・・・。時折近づいてくるバイクのエンジン音に色めきたっては、奴らではない事を確認し、また押し黙った・・・。
今日はもう来ないかも知れない・・・。そう思ったときだ。

環八を流れるたくさんのクルマのエンジン音とタイヤノイズを切り裂くように、数台のバイクのエンジン音が聞こえてきた。・・・独特のくぐもったV4サウンド、そして空気を張り裂くような2サイクルサウンド・・・。間違い無い!
奴らがやってきた!

僕らはヘルメットを装着し、それぞれの愛車に跨る。その横を、僕らの存在に気がついていないらしき4台の敵機が通り過ぎ、そして玉川ICへと吸いこまれて行く・・・。

その4台の後姿を確認し、闇の環八の歩道に灯る3つのヘッドライト・・・。僕達は奴らを追って玉川ICへと入っていく。

・・・決着をつけるときが来た・・・。さぁ、鬼退治だ!!